遺産整理や相続というと、ちょっと身構えてしまいますよね。
「たいした財産があるわけではないし、自分にはあまり関係がない」と思っておられる方も多いかもしれません。また、「きょうだいの仲も悪くないからもめることもないだろう」と思っておられる方も少なくないでしょう。
ですが、人が亡くなった場合、法的な義務として、財産も負債も、誰かが引き継がなければならないという定めがあり、その手続きはかなり煩雑です。また、お金だけでなく物品も土地建物もあります。どんなに仲が良い家族でも価値観が同じではないことから、分け方の意見が合わずに争いが起きる可能性があるのです。
大切な家族が幸せに生きていけるよう、有意義に財産を託すためには、遺言などの形で「残し方」を考えておくことが重要なのです。
このページにはこんなことが書いてあります
遺言は裕福な家でなくても必要
遺言は、裕福でなくても必要です。
現代は活動範囲も生活スタイルも多様化しているため、子供がいない夫婦や、外国暮らしなどで長い間連絡がとれないきょうだい、自営業や再婚同士など、血縁関係がそれほど複雑でなくても単純な相続パターン(法定相続分)があてはまりづらい場合も多くなっています。
このとき、自分の持ちものをどのように扱ってほしいのか、誰に何を託したいのかを意思表示しておき、いざというときに家族間の心理的なギクシャクを軽減させるのが「遺言」です。
遺言でできること
遺言に何を書けばよいかには、特別の決まりはありません。内容によっては法的効力がないものもあります。遺言でできることは主に「遺産の相続・処分」「身分に関する認知・指定」「その他」に分けることができます。
次のような行為は法的効力があります。
遺産の相続・処分に関すること
- 相続分の指定、指定の委託:法定相続分の割合の変更や、割合を決める人を指定する
- 遺産分割方法の指定、指定の委託:複数の相続人や包括遺贈(全体の財産・負債から全額または一定の割合で遺贈)の場合の分け方の指定や分け方を決める人を指定する
- 特別受益の持戻し(もちもどし):生前贈与分を相続分に反映させないと意思表示する
- 法定相続人の排除、取り消し:虐待や重大な侮辱などがある場合に権利を失わせたり、逆に権利を取り戻したりする申立てをする
- 遺産分割の禁止:最長5年まで遺産分割を禁止する
- 遺贈(いぞう)の設定:特定の人(一般的には法定相続人でない人)へ遺産を与える
- 遺贈の減災方法の指定:遺留分(法定相続人の最低限の取り分)を侵害するような内容の場合に、どの財産から減災請求の対象にするかなどの方法を決めておく
- 寄付行為の設定:財団法人の設立を目的とした寄付を意思表示する
- 信託の設定:信託銀行などに財産を信託するよう意思表示する
身分に関すること
- 子の認知:婚外子(婚姻関係にない人との間に生まれた子)を認知する
- 未成年後見人、未成年後見監督人の指定:自分ひとりが親権者となっている未成年がいる場合に後見人や後見監督人を決めておく
その他
- 遺言執行者の指定、委託:死後に遺言通り手続きしてくれる人または遺言執行者を決める人を指定する
- 祭祀承継者の指定:先祖伝来のまつりごとを引き継ぐ人を指定する
- 遺言の撤回:遺言の一部または全部を撤回する。自筆証書遺言であれば破棄して作り直す。公正証書遺言であれば以前の遺言を撤回し新しい遺言をつくる。
遺言のつくりかた
遺言には、大きく分けて2種類あります。
自分で作成する「自筆証書遺言」と、公証人に作成してもらう「公正証書遺言」があります。そのほか、遺言があることは周知したいが内容を秘密にしておきたい場合、「秘密証書遺言」を作成することもできます。
自筆証書遺言のつくりかた
全部を遺言者自身が自筆で作成したものを「自筆証書遺言」といいます。次のようなポイントに注意して作成します。書類に不備があると無効になるので注意しましょう。
- 遺言内容を自筆で書く(ボールペンや万年筆など改善されないもので書く)
- 財産目録を作る(パソコンでつくることもできる)
- 日付、署名、押印を入れる
- 訂正箇所には押印し、書面の余白に加除の変更を記載して自筆署名する
- 2枚以上の場合はホチキス綴じにし、各用紙の間に契印を押す
- 封筒に入れて封印し、表書きに「遺言書」などと記しておく
- 鍵付きの引き出しや自宅の金庫、貸し金庫、弁護人、推定相続人、遺言執行者などに預ける(2020年7月からは法務局に預けることも可)
自筆証書遺言は、開封時に家庭裁判所の検認が必要ですが、法務局に預けた場合は検認が不要になります。
公正証書遺言のつくりかた
公正証書遺言は、公証人に遺言内容を伝えて作成します。公証人は、法務大臣が任命する法律の実務を行う公務員で、公証役場にいます。原本を公証人が半永久的に保管するため、偽造や改ざん、紛失の心配がありません。
公正証書遺言を作成するときの条件として、民法で次のような定めがあります。
- 証人が2人以上立ち会う
- 遺言者が遺言の趣旨を口述し、公証人が筆記する
- 公証人が遺言者と証人に読み聞かせまたは閲覧させて確認を行う
- 公証人が定めに則って作成したことを付記し、署名捺印する
公正証書遺言の作成には、財産の額などに応じて手数料が決められており、公正証書遺言が完成した時に現金で支払うのが原則です。公証役場は全国で約300ヵ所ありますが、動けないときは出張してもらうこともできます。
エンディングノートと遺言の違い
自分がいなくなったときに必要と思われる情報を書き残すものに「エンディングノート」があります。これは、突然とりのこされた家族が判断に迷わないよう、自分の考えや意思を書き残しておくものですが、遺言と違ってエンディングノートは法的に効力がない点には注意が必要です。
エンディングノートはあくまでも自分の気持ちや望みを書くもので、どちらかというと自分自身の気持ちの整理を行い、頭の中をすっきりさせるために活用するとよいものです。
誰でも手軽に書き始められますし、まずは自分自身の過去をふりかえり、今のありようを受けとめ、家族とどう向き合うのか、これからをどう生きたいのかをみつめなおす機会とするのがおすすめです。
エンディングノートには、つぎのような内容を書いておくとよいでしょう。
- 自分自身の記録:出身、本籍、現住所、主な思い出など
- 家族の記録:家族・両親の名前、続柄、住所、電話番号、家族・両親との思い出など
- 介護・医療の望み:かかりつけ医・介護事業者の連絡先、介護の希望、最後の迎え方など
- 葬儀・お墓の望み:葬儀の形式(宗教)、菩提寺や所属教会の連絡先、棺に入れてほしい物、戒名の希望、納骨(お墓)の希望など
- 遺言書:形式、保管場所、作成時期
- 財産:預貯金、有価証券、会員権、保険、年金、不動産、ローン、個人的な借金など
- 形見分け:贈りたい人と品目、保管場所、連絡先など
- 連絡先:親戚、友人・知人の氏名、間柄、連絡先など
エンディングノートは自由な形で書き込めるので、大切な人へのメッセージをしっかりと記しておくとよいでしょう。
もめない相続のためにできる財産の渡しかた
遺言やエンディングノートといった、亡くなってからの手当のほかに、元気に生きているうちに上手に財産を託す方法もあります。主なものを紹介しましょう。
- 生前贈与(暦年贈与):年間110万円まで非課税
- 夫婦間贈与の特例:20年を超える夫婦の場合、2000万円まで非課税(1回のみ)
- 住宅取得等資金:20歳以上の子供・孫へ贈与する住宅購入・リフォーム資金は、3000万円まで非課税(2021年末まで)
- 生命保険:1人あたり500万円まで非課税、受取人の任意指定ができる
- 家族信託:元気なうちに自分の財産を第三者に託し、管理や引き継ぎをしておいてもらう
まとめ
「立つ鳥跡を濁さず」ということわざがあります。立ち去る者は遺された人たちが混乱しないように、身の回りを整えて引き際を美しくしておきたいものです。
ここで紹介したのはダイジェスト版です。実際にはいろいろな方法があり、ひとりひとりの状況に合わせて異なるところも多いので、気になるものがあったらぜひ調べてみて、自分なりの活用方法をみつけてもらえたらと思います。
新年や新年度、誕生日など、区切りの良いところから始めてみるのもいいでしょう。まず自分から少しずつ整理する姿勢を家族にみてもらって、みんながちょっとずつ「いざというとき」のことを話し合えるようにしておけば、突然襲いかかる事態にも冷静に対応し、もめごとも少なくすむのではないでしょうか。